坂之上(カルバリ)のキリストSakanoueno Christ

金曜日, 5月 10, 2013

主イエスだけで満足だ!


第一テモテ6;6「しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です」今日のQTは、奴隷の立場でありながら、信仰を持って「よく仕えること」そして、無駄な論争をして、知性が腐ってしまって、真理を失ってしまった人々をについて注意を話します、その後で続いて「しかし、」と続いて言います。「満ち足りる心を伴う敬虔」と語れます。満ち足りると何でしょうか?それは、主イエス・キリストの十字架で救われたこと以外にあるでしょうか?私たちは滅ぶべき、死ぬべき、神様の裁きを受けるべき存在だったのです。しかし、命がけの愛で救われたのです。それだけでなくて、神様の子供とされたのです。神様の奉仕をさせていただいたのです。それなのに、何がないといえるのでしょうか?与えられたら、感謝なのでないでしょうか。そこに、神様の祝福が来ます。与える時に神様の祝福が溢れて回りに流れて行きます。論争をする暇なんてあるのでしょうか?満足してよろこぶところに、感謝があります、大変な時にも、痛みがありません。回復と神様への期待があります、イエスさまだけで満足します!

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