坂之上(カルバリ)のキリストSakanoueno Christ

月曜日, 2月 01, 2010

疑問に完全に答えら得る主イエス

ヨハネの福音書8:21-30
主イエスの話に人々はついていいけません。「あなたがたは自分の罪の中に死んでいる」や「主イエスの行かれることにあなたがたは来ることができない」(21節)などのことです。それに、対してユダヤ人たちは、「自殺するのか?」(22節)などと東を聞いて西と答える、とんちんかんな問答をします。天から来られて地上の所属でないイエス(23節)と答えられます。そうです、罪の中に死んでいる人は、霊的に死んでいる人は、地上の肉体にのみ所属しています。しかし、主イエスを信じ、天国の命を得る人は、霊的に生き、全的な堕落から救われ、永遠の滅びからすくわれているのです。そして、ユダヤ人は彼らの次の質問である「あなたは誰ですか?」という(25節)質問に、28節「父から使わされたもの」「父なる神様に教えられたことだけを行う」神様でありながらも、人間として最高の謙遜を見せてくださり、いやそれは本来の人間が持つべき姿です、「神様と共にいつもおられる」という人間本来があるべき幸福な姿、安全な姿を見せます。そして、神様はひとり残されることが無い、といわれます。人間は本来孤独な存在ではありません。何故なら、神様がともにいてくださるからです。それが罪のために人間は神から自らはなれて孤独な存在となられたのです。自分が神様から使わされたことに脚色を少しも加えない、人は少しくらいと何か色をつけてしまいます。真実な証です。また、自分の願いどおりにするのでなくて、神様の願いどおりにするイエスを見て、そのような人々の疑問に答えられるイエスを見て信じる人が起こりました。天国に所属しているものとして、生き、証します。人を赦し、愛します。

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