喜んで持ってくる税金がある
第二歴代誌24;1-14
この世の中に、税金を自ら持ってくる人がいるでしょうか?また、税金が溢れて余ることがあるのでしょうか。誰もが、少なく払いたいと思うのでないでしょうか。また、税金を払うときにもったいないという損の思いがしないでしょうか。また、献金するときももったいない、自分のものである、という思いがもしかして無いでしょうか?しかし、ここに喜びに溢れる税金、献金があります。それは、神殿を修理し、新しくするために、集めたヨアシュの献金を集める熱情でした。それに、イスラエルの人々は熱く喜んで応えました。今日、私に与えられた恵みは、主の働き人として聖く神様の宮を立てるのために、「献金」を集めることへの、ささげるの情熱と、神様の宮を立てることでした。今まで、献金をもらうことに難しさやためらい、そして恥ずかしさや、ためらいがありました。しかし、神様のために使えること、神様の宮を立てるために、献金の祝福を自ら味わい、ささげることを歩んでいきます。そして、ヨアシュのように神様の宮を立てるためにささげものをするムーブメントを持って仕えていきます。イスラエルの民にとっては、これは税金、義務でした。それは、私にとって信仰が所有権の移転であり、私の時間、私のお金から神様の時間とお金を預けられており、それを本当に神様のものと認めたときに、正しい使い方が出来ます。感謝が出てきます。神様の宮を立てる喜びを享受します。
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