坂之上(カルバリ)のキリストSakanoueno Christ

土曜日, 7月 11, 2009

困難があってもやりがいを感じることは

使徒行伝17:1-15
今日の聖書箇所は、パウロとシラスたちの第二次宣教旅行で「テサロニケ」と「ベレヤ」での伝道した内容です。この中で、二つの都市での伝道に共通点があります。それは、ねたみからのユダヤ人の迫害と聖書を語るパウロとシラスの熱い姿勢です。おかしな話ですが、私たちは迫害や困難にあって神様の福音を語る姿勢が弱くなったり、反対勢力に気をつけながら伝導しようとすることがないでしょうか。もしくは、伝道をすることをやめてしまったり、福音を伝える中で傷ついて倒れることがないでしょうか。しかし、パウロたちは変わらない「いつもしているように」会堂で聖書に基づいてイエス・キリストを伝えたのです。その結果、テサロニケに教会が誕生することになりました。また、ベレヤでは「非常に熱心に福音を聴き、果たしてそのとおりかと毎日聖書を開く」人々に出会い、伝道できたのです。聖書を聞く人の姿勢は、人や町によって違うでしょう。しかし、私たち福音を伝える人がまちまちの態度でなく、イエス・キリストの福音を伝えることを喜んでいるのか?困難の中で、さらにキリストを体験しているのか?傷ついて倒れていないか?思うときに、大きな違いを生みます。そして、何よりも福音を待っている人がいます。困難を乗り越える主イエス喜ぶ生活をします。さらに、聖書を読み熱心に伝えれる生活をして、準備をしていきます。