坂之上(カルバリ)のキリストSakanoueno Christ

金曜日, 7月 10, 2009

絶望の瞬間に神様の救いは来る!

使徒行伝16:27-40
地震が起こったために、牢屋の門が開き、看守が絶望して自殺しようとします。しかし、パウロとシラスは「逃げ出していない、私たちはここにいる」と言います。何故、彼らは逃げなかったのでしょうか。それは、自分たちが濡れ衣のためにここにいること、そのために恥ずかしいことがない、裁判にかけらえても、正しく主張することができ、神様の前にも、人の前にも出ることができたからです。そこに、絶望へ進みかけた看守へ「福音」を伝えることができたのです。私はそのような恥ずかしくない、大胆な、勇気を持った信仰を持っているでしょうか。そんな存在として歩んでいるでしょうか。もしくは、絶望の中で主イエス・キリストの救いに出会っているのでしょうか。主イエスを信じなさい、そうすればそのようにしてあなたも、あなたの家族も救われます、という告白を持って「全家族が救いに預かる喜び」を分かち合います。今、私の通う教会において「家族の方が救われる」恵みを聞きました。絶望の瞬間、人間できる限界を超える時に、神様の救いが与えられることを信じます。