坂之上(カルバリ)のキリストSakanoueno Christ

金曜日, 5月 15, 2009

あなたは気高い王のことして生きているのか?

詩篇82:1-8
神は神の會衆の中に立つ.神は神々の眞中で,さばきを下す.いつまでおまえたちは, 不正なさばきを行ない,惡者どもの顔を立てるのか. セラ 弱い者とみなしごとのためにさばき, 惱む 者と 乏しい者の權利を認めよ. 弱い者と貧しい者とを助け出し,惡者どもの手から救い出せ. 彼らは、知らない.また,悟らない.彼らは,暗やみの中を步き回る.地の基は,ことごとく揺らいでいる.わたしは言った. 「おまえたちは神々だ.おまえたちはみな,いと高き 方の子らだ. にもかかわらず, おまえたちは, 人のように死に,君主たちのひとりのように 倒れよう. 」 神よ.立ち上がって,地をさばいてください.まことに,すべての國¿はあなたが, ご 自分のものとしておられます

クリスチャンは、全ての人が神様の子であります。それなら、神様の子らしく生きているでしょうか?もしかして、全然違う人のように生きていないでしょうか?それをあたかも自由のように勘違いして生きていないでしょうか。もしも、世界的に有名なある映画俳優がごみ捨て場で眠っていたらどうででしょうか。しかも、毎日です。せいしょは、神様は神様の子供として生きる素晴らしい人生を贈り物としてくださっているのにもかかわらず、反対の生き方をしていることがあります。今日の詩篇は、「おまえたちは神々の子だ、お前たちはいと高き方の子だ」と言います。しかし、それと違う生き方をしている地上の王様に言われるのです。「人のように死に絶えよう」と。何故そのような生き方をしているのでしょうか?王様として、神様の子なら絶対に逃してはいけない人生の祝福です。
①神様を怖れないからです(1節で神々の中にたたれる、裁きの真ん中に立たれる方)を怖れて生きるなら、正しい権威に守られ、人を恐れることが無く、真意の勇気を持って生きます。
②不正な裁きをして、悪者の顔を立てる人生には平安がありません。
③貧しいものや弱い者への愛を失った権威はいつか崩され、神様の裁きが来ます。そして、何よりも愛と信頼を失った人生を歩みます。
④神様は貧しいものや弱いものの救いを言われます。福音は貧しい人や弱い人にも、強く語られています。もちろん、豊かな人や強い人に語られていますが、特に弱い人に福音は強く語れています。
⑤その結果は、暗闇を歩む、基礎が揺れ動くような人生を歩みます。
私の人生は、神様の子供として歩んでいるでしょうか。神様の子供としての権威を守って歩んでいるでしょうか。正しい裁きを神様を怖れて、行っているでしょうか。愛と正義を持って使えているでしょうか。また、神様は必ず弱いものを貧しいものを救い出してくださいます。その期待があるでしょうか。神様の前に貧しいものとして、神様が子供としてくださる人生を期待して歩みます。