坂之上(カルバリ)のキリストSakanoueno Christ

火曜日, 12月 23, 2008

愛されてるから尊敬するしもべ、尊敬されているから愛するリーダー

第二コリント10:7-8
また, あなたがたの 從順が 完全になるとき, あらゆる 不從順を 罰する 用意ができているのです. あなたがたは, うわべのことだけを 見ています. もし 自分は キリスト に 屬する 者だと 確信している 人がいるなら, その 人は, 自分が キリスト に 屬しているように, 私たちもまた キリスト に 屬しているということを, もう 一度, 自分でよく 考えなさい.
あなたがたを 倒すためにではなく, 立てるために 主が 私たちに 授けられた 權威については, たとい 私が 多少誇りすぎることがあっても, 恥とはならないでしょう.
最近、面白い文章を知り合いの先生のブログで見ました。それは、「愛されているから、尊敬できる下の人」「尊敬されるから愛するリーダー」 ということでした。非常に的を得ている文章でないかと思いました。教会のリーダーであるとまさにそうでないかと思います。しかし、本当は「尊敬されてなくても愛さないといけない」のがキリストを信じる人の姿でないか、キリストの模範でないかと思いました。
お互いが、キリストにある共同体の中にあるときに、「世に、肉に属する人」でなく「天国に属する人」としてみる時に、キリストにある従順とリーダーシップ(権威)が持たされます。
この世の権威でない者に属するときに、愛と従順はなされていきます。
愛せるから尊敬するのでなく、尊敬されるから愛するのでなく、
愛せなくても尊敬するし(愛さないといけません)、尊敬されなくても(尊敬されないといけません)愛さないといけません。神様にあるリーダーシップの権威を認め、もって行きます。