坂之上(カルバリ)のキリストSakanoueno Christ

火曜日, 4月 24, 2007

足のはきものを脱げ

「すると、主の軍の将は、ヨシュアに言った。あなたの足の履物を脱げ。あなたの立っている場所は聖なる所である。そこで、ヨシュアはそのようにした」(ヨシュア5:15)
最近、QTの恵みのアップデートが後追いになってしまい、申し訳ない限りです。 でも、どうしても分かち合いたいと思って書いています。よろしくお願いします。
今日のイスラエルの民は、とうとうヨルダン川を渡って約束の地であるカナンに入りました。
そして、そこで約束の地に入って初めて国民的な行事である過ぎ越しの祭りをし、約束の地の産物を食べ、マナが止まるという事件の後にヨシュアと主の軍の将(神様の使い) の出会いがあります。イスラエルの民族にとって荒野生活の訓練(神様だけしか頼れないということを生活の中で教える)を終わり、約束の地に入ります。
それは、きっと私にもそういう時期が必ず来ることを覚えました。
そこで、主の軍の将が先にいました。それは、イスラエル(戦う神の意味)にとってカナンの戦いにともに神様がいる、ことを示しました。困難に共にいてくださる神様はどれほど大きいことでしょうか。 遠くに離れて、見ている神様ではなくイスラエルと共にいてくださるのです。
そこでの黙想は、私の人生の苦難、悪、迫害、困難、人間関係の難しさ、悩みという戦いに共に戦ってくださる神であるように覚えました。神様の臨在(共にいてくださること)の中で生きていてこそ、私は勝利できることことを考えました。しかし、それは自分の力では打ち勝てないこと 本当に私は自分の無力さを認め、神様の前にひざをかがめているのか、と問われました。 次に、主の軍の将はヨシュアに、「足の履物を脱げ」と言われました。これは、モーセの時と同じように神様への個人的な礼拝、使命を与えられるときでした。神様との出会いは、自分の汚さ、罪を認め、ひざまずきます。自分の罪ではきよい神様の前に立てぬことを知るのです。
適用:自分の罪深さ、気に会わない人をゆるし、愛します。主よ、愛のない私をゆるしてください。私を変えてください。あなたの前にひざをかがめ祈ります。礼拝します。