坂之上(カルバリ)のキリストSakanoueno Christ

木曜日, 1月 14, 2010

挫折し続けたからと希望を失うな!

ヨハネの福音書5;1-9
主イエスは30数年べテスタの池に横たわってきた人に言われます。「よくなりたいか」と。私たちは長い挫折のために、希望を持たなくなったり、神様は私の祈りを聞いてくださらないのでないか?と不平や疑惑を持つようになります。そして、挫折した心は希望を失い、ひねくれた心をもたらします。新しい神様のみ技や人の愛にも否定的で、受け入れません。逆に否定的な意見や考えを述べます。しかし、主イエスの招きに祈りを信じて一歩歩みだすでしょうか?「よくなりたい」と答えるでしょうか?最近、ある先生との話で「牧師とは変化や成長を臨む人」には最適の仕事だという話を聞きました。クリスチャンもそうでないでしょうか?キリストにあってよい人生を、変えられる人生を歩みたい戸網のでしょうか?過去に縛られて、神様の新しい御技を期待できないでいるのでしょうか?みよ、私は新しいことをする、という神様に期待して、私はただ「よくなりたい」というだけなのです。今日のべてすだの池に横たわっていた人は「誰も私を池に連れて行ってくれない」としか答えれませんでしたが、主イエスは答えてくれました。神様の声に、「よくなりたい」とあきらめずに、心から信仰を持って祈ります。アーメン。

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