坂之上(カルバリ)のキリストSakanoueno Christ

木曜日, 10月 01, 2009

にせのぬくもりに騙されず、キリストのつながりを宣言せよ

ガラテヤ1:1-10
使徒パウロは、偽の福音(キリストの十字架による救いを信仰によって救われるのみでなく、行いが必要である)という主張する人々がいました。その人々は、使徒パウロの使徒職でさえも否定し、その権威を引き落とし、自分たちの主張や自分たちの立場を優位にしようとしていました。しかし、使徒パウロは自分の使徒職は、神様が下さったものであり、自分も含めて周りの人々させも「どうのこうの」言うことのできない神様の一方的な召しである、と語ります。そして、何よりも自分の行いで救われるのは、自分の人間的なことに頼れる、人に頼れることを考えます。それは、神様の十字架の上で父なる神様に捨てられた、見捨てられた主イエスの愛を信仰だけで受け取らないことです。本物の十字架の愛について、ほんものぬくもりを、ほんものの、それしかない、有意義な「つながり」を関係を持とうとしないことようにさせます。にせの今までのぬくもり、それが非真理であっても、今までの関係を断ち切って、十字架のまことのつながりに生きていかないといけません。今朝、キリストの十字架のつながりに生きていきます。