坂之上(カルバリ)のキリストSakanoueno Christ

月曜日, 3月 30, 2009

分かったふりをするな。

イザヤ54:9-17
「このことは, わたしにとっては,ノアの日のようだ.わたしは,ノアの洪水をもう地上に送らないと誓ったが,そのように, あなたを怒らず, あなたを 責めないとわたしは 誓う.
たとい山々が移り,丘が動いても, わたしの 變わらぬ 愛はあなたから移らず,わたしの平和の契約は 動かない. 」とあなたをあわれむ 主は 仰せられる. 「苦しめられ, もてあそばれて,慰められなかった女よ見よ.わたしはあなたの
を アンチモニ ―でおおい,サファイヤであなたの基を定め, あなたの塔をルビ―にし,あなたの 門を紅玉にし,あなたの境をすべて寶にする.
あなたの子どもたちはみな,主の敎えを受け, あなたの 子どもたちには, 豊かな 平安がある.あなたは義によって堅く立ち,しいたげから 遠ざかれ. 恐れることはない. 恐れから遠ざかれ.それが近づくことはない. 見よ.攻め寄せる者があっても, それはわたしから 出たものではない.あなたを攻める者は,あなたによって倒される. 見よ.炭火を吹きおこし武器を作り出す職人を創造したのはわたしである.それをこわしてしまう破壞者を創造したのもわたしである. あなたを 攻めるために 作られる 武器は, どれも 役に立たなくなる.また,さばきの時, あなたを 責めたてるどんな 舌でも, あなたはそれを 罪に定める. これが, 主のしもべたちの受け繼ぐ分,わたしから受ける彼らの義である. ··主の御告げ. ··」
私たちは神様の愛を何度も聞いて慣れっこになったり、何度も聞いて新鮮味が無いとかとんでもないことを言います。また、私は心の傷が癒されたと言います。しかし、神様の愛は日ごとに必要で、もっともっと神様の愛を体験する幸福を追求できます。私は完全でなく、ひごとに新しい傷を受けます。ひごとに神様の命の水が必要なのです。今日は「もてあそばれた女よ」という語りかけがあります。まさに、私たちはサタンに、世の中にもてあそばれて傷ついている人です。そして慰められなかった女よとあります。主イエスはそんな私たちをサフィアであなたのも基いを定め、そしてあなたの子を豊かにすると言います。私の愛はあなたから移らないと言われます。そのような祝福を味わうときに、そのような痛みのある人に主イエスの愛を伝えたい、そのような心を持つ人になりたいと思います。この世の中の痛みやもてあそばれた人である私が癒されることを通して、もてあそばれている人に主イエスの愛を、福音を、GOOD NEWSを伝えていきます。あなたを攻撃する人があっても、あなたによって倒されるとあります。主イエスの義を、勝利を宣言していきます。