坂之上(カルバリ)のキリストSakanoueno Christ

月曜日, 12月 01, 2008

霊的な種をまけ


第一コリント15:35-49
霊的な命をもつ人生とはなんでしょうか。クリスチャンは神様の命を持って歩んでいるのです。しかし、気がつかないうちに私たちの人生の行動、優先順位、過ごす時間、過ごす人々は朽ちないものや、この世のものに侵されがちになります。たとえ、牧師であっても気がつかないうちに、知らないうちに、霊的な命を、朽ちないものを蒔くよりも、朽ちるものを蒔く時間が多くなってしまいます。
最初のアダムは、罪によって死を持ってくるものとなりました。しかし、最後のアダムであるイエス・キリストは命を持ってきました。私は、その命を受けたものです。その命を心から享受する人生を歩んでいるでしょうか、また、その命を次の人々へ流しているのでしょうか。
今日の歩みを、霊的な命を蒔くために、朽ちない、永遠の命をもって歩む人として、主の栄光の命を求めてスタートします。