坂之上(カルバリ)のキリストSakanoueno Christ

土曜日, 4月 20, 2013

人生の出発は礼拝からスタートだ。


創世記46:1-27
「べエル・シェバに来た時、父イサクの神にけにえをささげた」3節「すると、仰せられた。私は神、あなたの父の神である。エジプトに下ることを恐れるな、わたしはそこであなたを大いなる国民にするから」イスラエルが、エジプトに行く前に「父イサクの神に礼拝した」とあります。
私たちのスタートは礼拝であるべきです、神様を神様とすること、神様の前に従うこと、神様の言葉を聞いたときに、愛の言葉として受け止めることが出来るなら、最高です。逆にそれができない時はつらい話です。そして、主イエスは言われます。「恐れるな!そこであなたをい大いなる国民とする」神様は世界最高の王国であるエジプトを使ってイスラエルを育てよう、国民として、成立させようとします。最高の祝福ですが、当人である人間には、私たちには、それが未だに見えていません。今まで慣れていた環境、社会、そこには自分の出来ることや、影響を与える場所l、人々がいます、しかし、それが失われるかもしれない、それは、本当に怖いものです。しかし、信仰は離れることから始まります。それは、慣れ親しんだ環境からはなれて神様のみ言葉の約束だけ信じるところから始まります。主に
 
まず従う時に、私に必要な祝福が来ます。分からないけれど、ます主を信じる時に、主は必ず祝福を下さいます。主は私に最良のものを下さる方です。大切なことは、主が私と共にいるかどうか?です。どこに、私がいるのかでありません。大切なことは、神様の御心にしたがっているのかどうか?です。それが生きた礼拝です。私をささげることです。主の与えた下さってセカンドジェネレーションの祝福を受け取ります。北米で神様の民として、英語も、韓国語、日本語も使う主のためにインターナショナルエイジアンとしていきます。

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