自分のLIMIT超えてこそ神様の御心がなる
使徒行伝10章;19節「ペテロが幻について思い巡らしていると き,御霊が彼にこう言われた.「見なさい.三人の人があなたをた ずねて来ています.」 20節「さあ,下に降りて行って,ためらわずに,彼らといっしょ に行きなさい.彼らを遣わしたのはわたしです. 」
ペテロにとって異邦人と交わったり、食事をしたりは、律法でゆる されないことでした。しかし、それは 異邦人の意味(神様を知らない、信じない)を超えて、民族的な偏 見、変な意味で、自分の価値観になってしまっていました。そんな ペテロと異邦人であるコルネリオの両方に神様は幻を見せて、神様 の御心を示します。異邦人にイエスが伝えられるなんて、とマタイ の福音書28章19-20節に大宣教命令をもらっていながらも、 サマリヤさえも行けなかったのです。今日、私が従うべき神様の御 心は何でしょうか?自分の超えるべき概念、偏見は何でしょうか? 今日、新しいミニストリーをして行こうと思います。神様の御心を 確信し続けたペテロ、コルネリオたちのように主の御心が示された 時には「ためらわず」進んでいきます。主よ、御心のままにすすみ 、止まらせてください。
ペテロにとって異邦人と交わったり、食事をしたりは、律法でゆる
ラベル: 使徒行伝
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