安楽が霊的な堕落につながっていないか?
エレミヤ48;11-25
モアブの人たちは、安楽な人生を揺るがない人生を生きているように思えました。しかし、それは神様とはなれた罪による安楽でした。それは、自分だけの喜びに生きて、神様と隣人とはなれて、罪からの堕落をもって来ました。それは、いつか必ずさばかれるものです。それは自分が見ても、他人が見てもさばかれないように見えても、必ず神様からの裁きが来るものです。わたしの基礎は、どこにあるでしょうか?神様にあるでしょうか?霊的な怠惰に陥っていないでしょうか?また、怠惰でなくても、神様にある基礎を気づいているでしょうか?神様の前に緊張感を持って毎日を大事に生きているのでしょうか?神様の言葉である聖書を基礎にして、価値観として歩んで生きます。
ラベル: エレミヤ
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