坂之上(カルバリ)のキリストSakanoueno Christ

木曜日, 1月 08, 2009

何度も繰り返される神様の力を受ける秘訣

マルコの福音書1:35-45
35;さて, イエス は, 朝早くまだ 暗いうちに 起きて, 寂しい 所へ 出て 行き, そこで 祈っておられた. 40:さて, ひとりのらい
人が, イエス のみもとにお 願いに 來て, ひざまずいて 言った. 「お 心一つで, 私はきよくしていただけます. 」 41;イエスは深くあわれみ,手を伸ばして,彼にさわって 言われた. 「わたしの心だ. きよくなれ. 」 42:すると,すぐに, そのらいが消えて,その人はきよくなった. 43;そこでイエスは,彼をきびしく戒めて,すぐに彼を立ち去らせた. 44:そのとき 彼にこう 言われた. 「氣をつけて, だれにも 何も 言わないようにしなさい. ただ 行って, 自分を 祭司に見せなさい. そして,人々へのあかしのために, モ ― セ が 命じた 物をもって, あなたのきよめの供え物をしなさい.」
神様の人となるためには、神様の働き人、リーダーとなるためには、神様の愛を伝染するためには、自分と神様だけが知っている親密な恵みの場所が必要です。それがなければ、自分の傷を伝染することになります。もしくは、主イエスを伝えながらも自分も伝えます(それは、不完全な私です)。
主イエスは朝早く、神様との交わりを持っていました。主イエスの働きは
①福音を告げる
②ガリラヤ全土を回る(机の上の働きでなく、それはどんなに面倒くさい人のためにわざわざ出かけていく働きだったことでしょう)
③悪霊を追い出す。神様の権勢を示されました
④病の癒し
でした、しかし、その根底にあったのは「父なる神様の愛の心」でした。ツァラフトに犯された人が「お心一つで癒されます」と「さわらないでください、汚れた私に触れてあなたまでけがれなくて大丈夫である」と表現したのに、彼に触れて「私の心だきよくなれ」と言われたのです。
どれほどの神様の愛でしょうか。それは、日ごとの神様のと交わりから来ました。
主イエスはどれほど忙しく、傷つくことも多く、誤解され、迫害されたことでしょうか。
しかし、それに支配されずに神様の愛に支配されたのは、ひごとの神様との交わりの恵みの場所でした。何度も繰り返され、知っているこの事実でありながらも、私の現場での事実とすることがどれほどあることでしょうか。どれほど難しいでしょうか。しかし、毎日チャレンジする私を喜んでくださる主イエスに感謝し、賛美して進んでいきます。